


時東ぁみ

②好きです・・・。
2nd Album

M-01. 可愛いゝ人よ
作詞:阿久悠 作曲:大野克夫 編曲:平田祥一郎
M-02. Sweet&Toughness
作詞:井上秋穂 作曲:浅倉大介 編曲:鈴木Daichi秀行
M-03. セシリアBの片想い
作詞:松本隆 作曲:宮城伸一郎 編曲:平田祥一郎
M-04. 恋するニワトリ
作詞:谷山浩子 作曲:谷山浩子 編曲:鈴木Daichi秀行
M-05. 小夜子
作詞:松本隆 作曲:来生たかお 編曲:鈴木Daichi秀行
M-06. I Will
作詞:秋元康 作曲:林哲司 編曲:平田祥一郎
■アーティスト:時東ぁみ
■発売日:2006-03-15
■コード:GFCG-10904
■レーベル:グッドファクトリーレコード
つんく♂コメント
2枚目となりました、時東ぁみのアルバムです。
今作は全曲カヴァーでございます!
1980年頃といえば、日本の音楽界や文化、芸能に関して、
最大の情報伝達コンテンツがお茶の間のテレビに集中し始めて、
安定期に入った頃というのでしょうか?
その頃、音楽界に革命が起こりました。
僕がちょうど高校に入学するころ、
日本にコンパクトディスクという画期的なデジタル音源の登場です。
それまでのようにレコードの針圧を計ったり、
カセットテープのヘッドクリーニングをしたりすることもなく、
何回再生しても同じ音が出続けるという画期的なものでした。
そのCDたるものの進化、普及とともに僕の音楽への興味は深まっていきました。
15歳あたりからAV機器に心を奪われてから、今日まであっという間でしたよ。
さて、そんな青春時代にたくさん音楽を聴きました。
あま~いものから超ハードなものまで。
今回はそのあま~いものの中から、選抜して甘酸っぱいものをアルバムに詰め込みました。
M-1「可愛いゝひとよ」
この曲に関していいますと、ちょうど高校二年生の頃、
バイトしていた店先の有線では常にJ-POPチャンネルがチョイスされてましたが、
夏頃を中心に多分半年以上チャートの20~30位に入っていたのではないでしょうか?
「山瀬まみ」としてデビューしてしばらく経ってからの時期で、
有線放送で耳にしながら「誰の曲かな?」って思っていながら、
しばらく経って有線に問い合わせたところ山瀬まみさんが歌っていると判明し、
感動したのを覚えてます。
洋楽のカバー曲かな?って思うほど、
単純かつ明解なメロの繰り返しが相当な曲のインパクトになっています。
実はカヴァー曲であったのですが、邦楽のカヴァー曲でした。
原曲もキャッチーでいいっすよ!
M-2「SWEET & TOUGHNESS」
デビューしてしばらくして、レコード会社ファンハウスとBMGビクターが一つの会社になりました。
で、シャ乱Qと同じレコード会社ということで、
サンプルのVTRをもらったのが「南青山少女歌劇団」でした。
その中でも、この浅倉の大ちゃんが作ったこの曲は、超さわやかで、
何度聞いても元気になれる曲で、ほぼ同時期にデビューしたアクセスのメンバーが既に楽曲提供をしていて、
しかも、こんなに心にスカーっと入ってくる曲を作るなんて!って、
ちょっとその才能にジェラシってたのを今でもよく覚えてます。
そのはつらつ感を日本で今元気に歌えるのは時東しかいない!って
親ばか丸出しでレコーディング曲にチョイスしました。
サクラの季節にぴったりだ!
いや、暑い真夏がぴったりだ!
どっちだ・・・。
「南少(通称)」の舞台自体は生で見たことないのが残念です。]
M-3 「セシリア・Bの片想い」
山瀬まみさんのセカンドシングルです。
なんと言ってもメロが最高です。
イントロのリフから捨てるところがないこの曲。
シンプルイズべストですね。
「冷たい線路に耳を当てる」と言うフレーズ。
現代では絶対に出てこない発想なんじゃないかな?!とか
今回改めて思いました。
Aメロからすぐサビにくるんです。
当時のJ-POP界はニューミュージックの流れから6分7分という曲も結構多かったのですが、
間逆にあったこういう曲はすでに作曲し始めていた17歳くらいの僕には新鮮でした。
この切ないメロは時東の元気な声と中々マッチして、
新しいフレーバーに仕上がったと思っています。
M-4「恋するニワトリ」
この曲もデビューしたての頃に良く聞いたのですが、
当時シャ乱Qの現場マネージャーをやっていた男が、元はポニーキャニオンに所属するタレントの事務所にいて、
で、CoCoがそのレコード会社だったので、マネージャーがサンプル盤をよくもらってきてくれたのです。
で、金の無い僕は、そうやってもらうCDやVTRをよくチェックしてました。
でも、たくさん聞く曲の中の一つだったのですが、
その頃、よくおごってもらってた某FテレビのKプロデューサー(当時AP!?)が超CoCoファンで、
下北沢で飲みながら「いかにCoCoの音楽が凄いか」というのを酒のあてに聞かされました。
その中でも確か一押しだったのが、この曲。
ライブビデオにしか登場しないのですが、
見て納得、ビートルズの闇ライブのカセットを聴かされているような絶妙な組み合わせは、
初聴きでしたが、感動しました。
今回の曲のチョイスする時に、当時もらったVTRを倉庫から引っ張り出してきて、再チェック。
すばらしさを再確認。
ほかに音源はないものか!?と、方々探しましたが、
やはりVTRにしか「恋ニワ」は無かったので、耳コピで再現しなおしました。
時東ぁみVERは元気に歌ってます。
が、本人も歌詞を見て気づいていましたが、
なかなか切ない恋の物語で、その辺の切ない感じは歌声から出まくってます。
チェックください。
M-5「小夜子」
はい!でました小夜子。
この曲は超良い。超良いメロです。
当時山瀬まみさんがイメージビデオの一環といった感じなのでしょうか・・。
「CANDY」というビデオ作品集を出してました。
すべては曲とイメージビデオなので、
今のDVD世代では、ミュージックVとシングルが一緒!なんてこと、あたり前でしたが、
当時は相当斬新で、でも、高かったので、
近所のアコム(レンタルビデオ屋さん)でレンタルしてダビングしてました。
当時、ビデオデッキはβタイプとVHSタイプとどっちが勝ち残るか戦争で、
ようやくVHSに落ち着こうとしていた時代でして、
音は確かにβの方が良かったし、もちろん映像も良かったですが、
ビクターが出していたVHS(→HR-D 725)298,000円のデッキはステレオハイファイトラックとは別に
ステレオトラックがもう2ch録れてFMでのロングライブや何かのエアーチェックには最適な機種でして。
それを高校二年生の夏休みのアルバイト代を全部はたいて購入。
近所の散髪屋さんのアンちゃんが持っていたハイファイのVHSと二台でいろんなビデオをダビング編集してました。
その中の一作として、この「CANDY」がございました。
今回も倉庫をひっくり返して、そのビデオを出してきまして、当時を振り返ってみましたが、
編集なしの1カット。超アップ。
本気で画期的なものを知恵使って作っていたんだなぁ。って思いました。
時東VERは大人になっても歌えるように、ふんわり切なく仕上げました。
セーラー服と機関銃で一躍国民誰しもが知る作家となった
(知ってる人は知ってたと思いますが、あくまでもお茶の間での前提で)来生たかおさんの作曲で、
「すごいメロを生み出す人なんやな。自分の分作ったらいいのに・・」とか、
勝手に思ってました。
そんな自分も今は女性シンガーの作曲が主になっているのですから、不思議なものです。
M-6「I WILL」
なんと、切ない。
菊地桃子さんのファーストアルバムのB面最後の曲。
歌い上げ系の歌手がスタ誕からたくさん出てきているなか、映画「パンツの穴」でデビューした彼女。
なんだか、クラスの中や学校に一人くらいいるんじゃねぇ~か!って
思わせるような彼女の歌声やお芝居が妙に説得力あって、最高でした。
多分、デビューしたての不慣れな時期でないと、
あのニュアンスは出ないんだろうな・・・って。
当時、TDKのカセットテープの最高種のメタルカセットに
一回だけ針を落とすレコードからRECしたのを覚えてます。
バイアス調整から、針圧調整、新しいMCのダイアモンド針とか、
やたらめったらこだわってRECしたなぁ。。。
ダイナミクスが当時の外タレなみにあったこのファーストアルバム。
多分作り手も良いスタジオとか使ったんじゃないかな?!とか、勝手に思ってましたが・・。
その後はおニャン子の出現で大ブレークですが、
作家としては前期になると思われる秋元康さんの作詞。
さすが!
さて、時東はと申しますと、こっちのそんな思い入れなどお構いなし。
きちっとメロを覚えてきて、自分なりのスタンスでこの曲を歌いきりました。
う~ん。あなどれん。
とまあ、自分の作詞作曲でない分、いろいろライナーノーツとしても、
自画自賛になりにくいゆえ、思い出日記な感じで列記しましたが、なんとなくの参考にしてくだされ。
また、時間軸等、詳しく調べなおしたわけでなく、
自分なりの記憶を元に書きましたゆえ、なにかおかしな按配になってましたら、
ご了承くだされ!
では。
プロデューサー つんく♂
2006年3月吉日。
今作は全曲カヴァーでございます!
1980年頃といえば、日本の音楽界や文化、芸能に関して、
最大の情報伝達コンテンツがお茶の間のテレビに集中し始めて、
安定期に入った頃というのでしょうか?
その頃、音楽界に革命が起こりました。
僕がちょうど高校に入学するころ、
日本にコンパクトディスクという画期的なデジタル音源の登場です。
それまでのようにレコードの針圧を計ったり、
カセットテープのヘッドクリーニングをしたりすることもなく、
何回再生しても同じ音が出続けるという画期的なものでした。
そのCDたるものの進化、普及とともに僕の音楽への興味は深まっていきました。
15歳あたりからAV機器に心を奪われてから、今日まであっという間でしたよ。
さて、そんな青春時代にたくさん音楽を聴きました。
あま~いものから超ハードなものまで。
今回はそのあま~いものの中から、選抜して甘酸っぱいものをアルバムに詰め込みました。
M-1「可愛いゝひとよ」
この曲に関していいますと、ちょうど高校二年生の頃、
バイトしていた店先の有線では常にJ-POPチャンネルがチョイスされてましたが、
夏頃を中心に多分半年以上チャートの20~30位に入っていたのではないでしょうか?
「山瀬まみ」としてデビューしてしばらく経ってからの時期で、
有線放送で耳にしながら「誰の曲かな?」って思っていながら、
しばらく経って有線に問い合わせたところ山瀬まみさんが歌っていると判明し、
感動したのを覚えてます。
洋楽のカバー曲かな?って思うほど、
単純かつ明解なメロの繰り返しが相当な曲のインパクトになっています。
実はカヴァー曲であったのですが、邦楽のカヴァー曲でした。
原曲もキャッチーでいいっすよ!
M-2「SWEET & TOUGHNESS」
デビューしてしばらくして、レコード会社ファンハウスとBMGビクターが一つの会社になりました。
で、シャ乱Qと同じレコード会社ということで、
サンプルのVTRをもらったのが「南青山少女歌劇団」でした。
その中でも、この浅倉の大ちゃんが作ったこの曲は、超さわやかで、
何度聞いても元気になれる曲で、ほぼ同時期にデビューしたアクセスのメンバーが既に楽曲提供をしていて、
しかも、こんなに心にスカーっと入ってくる曲を作るなんて!って、
ちょっとその才能にジェラシってたのを今でもよく覚えてます。
そのはつらつ感を日本で今元気に歌えるのは時東しかいない!って
親ばか丸出しでレコーディング曲にチョイスしました。
サクラの季節にぴったりだ!
いや、暑い真夏がぴったりだ!
どっちだ・・・。
「南少(通称)」の舞台自体は生で見たことないのが残念です。]
M-3 「セシリア・Bの片想い」
山瀬まみさんのセカンドシングルです。
なんと言ってもメロが最高です。
イントロのリフから捨てるところがないこの曲。
シンプルイズべストですね。
「冷たい線路に耳を当てる」と言うフレーズ。
現代では絶対に出てこない発想なんじゃないかな?!とか
今回改めて思いました。
Aメロからすぐサビにくるんです。
当時のJ-POP界はニューミュージックの流れから6分7分という曲も結構多かったのですが、
間逆にあったこういう曲はすでに作曲し始めていた17歳くらいの僕には新鮮でした。
この切ないメロは時東の元気な声と中々マッチして、
新しいフレーバーに仕上がったと思っています。
M-4「恋するニワトリ」
この曲もデビューしたての頃に良く聞いたのですが、
当時シャ乱Qの現場マネージャーをやっていた男が、元はポニーキャニオンに所属するタレントの事務所にいて、
で、CoCoがそのレコード会社だったので、マネージャーがサンプル盤をよくもらってきてくれたのです。
で、金の無い僕は、そうやってもらうCDやVTRをよくチェックしてました。
でも、たくさん聞く曲の中の一つだったのですが、
その頃、よくおごってもらってた某FテレビのKプロデューサー(当時AP!?)が超CoCoファンで、
下北沢で飲みながら「いかにCoCoの音楽が凄いか」というのを酒のあてに聞かされました。
その中でも確か一押しだったのが、この曲。
ライブビデオにしか登場しないのですが、
見て納得、ビートルズの闇ライブのカセットを聴かされているような絶妙な組み合わせは、
初聴きでしたが、感動しました。
今回の曲のチョイスする時に、当時もらったVTRを倉庫から引っ張り出してきて、再チェック。
すばらしさを再確認。
ほかに音源はないものか!?と、方々探しましたが、
やはりVTRにしか「恋ニワ」は無かったので、耳コピで再現しなおしました。
時東ぁみVERは元気に歌ってます。
が、本人も歌詞を見て気づいていましたが、
なかなか切ない恋の物語で、その辺の切ない感じは歌声から出まくってます。
チェックください。
M-5「小夜子」
はい!でました小夜子。
この曲は超良い。超良いメロです。
当時山瀬まみさんがイメージビデオの一環といった感じなのでしょうか・・。
「CANDY」というビデオ作品集を出してました。
すべては曲とイメージビデオなので、
今のDVD世代では、ミュージックVとシングルが一緒!なんてこと、あたり前でしたが、
当時は相当斬新で、でも、高かったので、
近所のアコム(レンタルビデオ屋さん)でレンタルしてダビングしてました。
当時、ビデオデッキはβタイプとVHSタイプとどっちが勝ち残るか戦争で、
ようやくVHSに落ち着こうとしていた時代でして、
音は確かにβの方が良かったし、もちろん映像も良かったですが、
ビクターが出していたVHS(→HR-D 725)298,000円のデッキはステレオハイファイトラックとは別に
ステレオトラックがもう2ch録れてFMでのロングライブや何かのエアーチェックには最適な機種でして。
それを高校二年生の夏休みのアルバイト代を全部はたいて購入。
近所の散髪屋さんのアンちゃんが持っていたハイファイのVHSと二台でいろんなビデオをダビング編集してました。
その中の一作として、この「CANDY」がございました。
今回も倉庫をひっくり返して、そのビデオを出してきまして、当時を振り返ってみましたが、
編集なしの1カット。超アップ。
本気で画期的なものを知恵使って作っていたんだなぁ。って思いました。
時東VERは大人になっても歌えるように、ふんわり切なく仕上げました。
セーラー服と機関銃で一躍国民誰しもが知る作家となった
(知ってる人は知ってたと思いますが、あくまでもお茶の間での前提で)来生たかおさんの作曲で、
「すごいメロを生み出す人なんやな。自分の分作ったらいいのに・・」とか、
勝手に思ってました。
そんな自分も今は女性シンガーの作曲が主になっているのですから、不思議なものです。
M-6「I WILL」
なんと、切ない。
菊地桃子さんのファーストアルバムのB面最後の曲。
歌い上げ系の歌手がスタ誕からたくさん出てきているなか、映画「パンツの穴」でデビューした彼女。
なんだか、クラスの中や学校に一人くらいいるんじゃねぇ~か!って
思わせるような彼女の歌声やお芝居が妙に説得力あって、最高でした。
多分、デビューしたての不慣れな時期でないと、
あのニュアンスは出ないんだろうな・・・って。
当時、TDKのカセットテープの最高種のメタルカセットに
一回だけ針を落とすレコードからRECしたのを覚えてます。
バイアス調整から、針圧調整、新しいMCのダイアモンド針とか、
やたらめったらこだわってRECしたなぁ。。。
ダイナミクスが当時の外タレなみにあったこのファーストアルバム。
多分作り手も良いスタジオとか使ったんじゃないかな?!とか、勝手に思ってましたが・・。
その後はおニャン子の出現で大ブレークですが、
作家としては前期になると思われる秋元康さんの作詞。
さすが!
さて、時東はと申しますと、こっちのそんな思い入れなどお構いなし。
きちっとメロを覚えてきて、自分なりのスタンスでこの曲を歌いきりました。
う~ん。あなどれん。
とまあ、自分の作詞作曲でない分、いろいろライナーノーツとしても、
自画自賛になりにくいゆえ、思い出日記な感じで列記しましたが、なんとなくの参考にしてくだされ。
また、時間軸等、詳しく調べなおしたわけでなく、
自分なりの記憶を元に書きましたゆえ、なにかおかしな按配になってましたら、
ご了承くだされ!
では。
プロデューサー つんく♂
2006年3月吉日。