| 略歴 抜粋 |
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1988年 12月つんく、はたけ、まこと、しゅう、たいせーの5人が地元大阪で結成。
1991年 YAMAHAバンドエクスプロージョン日本大会出場。NHK-BSヤングバトルで日本一に。
1992年 春、上京。7月22日「18ヶ月」でメジャーデビュー。
1994年 6thシングル「シングルベッド」ミリオンセラー
1995年 NHK紅白歌合戦出場(ズルい女)。
1996年 日本武道館、大阪城ホールなどでコンサートツアー。(アリーナツアーを含む年間全国78公演)
1997年 大阪ドームにて凱旋コンサート成功。映画「シャ乱Qの演歌の花道」全国上映。
1998年 BASSのしゅう脱退
2000年 つんく、はたけ、まこと、たいせーの4人で「THIS IS シャ乱Q」ツアー全国45公演成功。
同年12月 活動休止。
2006年 4月、活動再開。秋には大阪、横浜、でのコンサート決定。 |
| 略歴 |
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1988年12月、それまでに地元大阪でシャッターズ、乱(RAM)、QPと言う3つのバンドで
活躍していたメンバーの中から、つんく、はたけ、まこと、しゅう、たいせーが結束し、
新たなバンド「シャ乱Q」を結成。
1989年1月15日大阪バナナホールが初ライブ。
同年、夏以降、大阪城ストリートライブ(通称:城天(しろてん))を開始。
1990年、数組の関西のアマチュアバンドが集結し「すっぽんファミリー」と名づけ発足。
大阪城公園でのストリートライブを毎週日曜と定例化し、その後、それが話題となり賑わい、
大阪の新しい文化を築き上げる。
1991年までにシャ乱Q単独としても関西のライブハウスの動員記録を次々に塗り替える。
10月、「ラーメン大好き小池さんの唄」で、
ヤマハバンドエクスプロージョン日本大会出場。BMGビクター(現BMG JAPAN)賞、
フォーライフレコード賞、同時受賞。
同年12月、同じく「ラーメン大好き小池さんの唄」がNHKーBSヤングバトルにて、グランプリを受賞。
日本一となる(全国応募総数3404組)。
それまでの実績と、コンテストでの重なる受賞もあって、レコード会社BMGビクターと契約、
所属プロダクションをアップフロントエージェンシーとする。
1992年7月22日、「18ヶ月」でデビュー。
1994年4thシングル「上・京・物・語」がスマッシュヒット。地元、大阪厚生年金会館中ホールはもとより、
ライブ活動が全国化していく。
1994年10月に発売した6thシングル「シングルベッド」が95年に入ってから売れ始め
ジリジリとチャートを掛け上がって行き、ミリオンセラーとなる。
1995年7thシングル「ズルい女」でNHK紅白歌合戦に初出場(後、3年連続出場)。
全日本有線放送大賞グランプリ受賞(95年受賞曲:ズルい女)。
1996年初の日本武道館や大阪城ホールでの単独コンサートを成功させるツアーを開始。
7月に発売された11thシングル「涙の影」オリコン初登場1位。
12月、全日本有線放送大賞グランプリを二年連続受賞。(96年受賞曲:涙の影)
10thシングル「いいわけ」がレコード大賞優秀作品賞及び編曲賞受賞。
同曲を含むベストアルバム「シングルベスト10 おまけつき」が200万枚セール。(BMG JAPAN調べ)
1997年3月大阪ドームでの凱旋コンサート成功。
(後に活動休止するまで、デビューより350本以上のライブを行い120万人以上の観客動員を記録。)
初の主演映画「シャ乱Qの演歌の花道」全国上映(主題歌パワーソング)。
98年には主演のつんくが日本アカデミー賞新人賞受賞。
同じく1998年、テレビ東京「ASAYAN」にてシャ乱Q女性ロックボーカルオーデション開始
(後にモーニング娘。などのプロデュースをつんく♂が担当)。
12月BASS担当しゅう脱退。
1999年春、4人での「シャ乱Q結成10周年記念CLUB QUE PARTY」を行う。(全国12公演)
2000年19thシングル「新・ラーメン大好き小池さんの唄」を発表し、
全国45公演のライブを成功(THIS IS シャ乱ツアー)。 同年12月シャ乱Q活動休止。
メンバー各々、ソロ活動を充実させる。
2005年つんく♂の夏のディナーショーに同事務所の先輩「堀内孝雄」氏よりシャ乱Q再活動を促され、
メンバー及びスタッフと協議の末、再始動を決意。
12月つんく♂冬のディナーショーの本番中に、活動することを発表。
2006年4月3日フジテレビ系「HEY!HEY!HEY!」生出演予定。 (シャ乱Q活動休止後、初)
秋には大阪、横浜でのホールコンサートが決定。
2008年には結成20周年を迎える。 |
| つんく♂ |
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Vocal (音楽家 エンターテイメントプロデューサー)
1968年10月29日生まれ 大阪府出身。
170cm 58kg B型。
幼少から歌を得意とし、各種イベントなどで歌うことを経験。
中学2年生の頃、ギターに出会い、中学3年生の学園祭で3人組で初ライブ。
その後、高校入学と同時に、本格的なバンド活動を開始。
いくつかのバンドでボーカル&ギターを務めながら、大学時代にバンド「乱(RAM)」を結成。
現在のシャ乱Qの原型となる。 |
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シャ乱Qでの作家及び制作活動の経験を生かし、1998年頃より、音楽プロデューサーの道と兼務し始める。
テレビ東京系の番組「ASAYAN」の中で音楽プロデューサーとして作詞作曲などを担当し、
「モーニング娘。」「タンポポ」「プッチモニ」「ミニモニ。」など、数々のユニットを結成し発表。
常にオリコンチャートの上位を占め、ミリオンセラーも数々。
同時期にモーニング娘。を筆頭に松浦亜弥や後藤真希を含む、
2006年4月現在19組 (DEF.DIVA、美勇伝、Berryz工房、℃-uteなど)となる女性ボーカル集団、
ハロー!プロジェクトのプロデュース開始。
その後も、五木ひろし氏、TOKIO、桜庭裕一郎氏、西城秀樹氏、上沼恵美子氏、浜崎あゆみ氏、
チョナンカン氏、香取慎吾氏、テツ&トモ、SPEEDなどのシングル曲やアルバムの中の 楽曲を提供。
2000年度〜2002年度にかけてオリコン作詞作曲家部門で3年連続総売り上げ枚数1位。
ハロー!プロジェクトのコンサートやミュージカルのプロデュースはもちろん、
1998年には真矢みき氏のスーパーリサイタルIn武道館 宝塚歌劇団 引退興行のプロデュース、
2004年には静岡で開催された浜名湖花博において、シンボルイベントの一つとして
「つんく♂WAVE」をプロデュース。
役者としても主演映画「シャ乱Qの演歌の花道」で日本アカデミー大賞新人賞の受賞をきっかけに、
フジテレビ系のドラマ「セミダブル」「ムコ殿」や「恋愛偏差値」など、 高視聴率ドラマに出演。
MCとして、フジテレビ系「つんくタウン。」日本テレビ系「つんくちゃん」TBS系「美しい町」
NHK「POPJAM」などを担当した。
「つんくタウン」の中ではつんくタウンFILMSを発足。
新藤風監督作品「LOVE/JUICE」が 2001年第51回ベルリン国際映画祭のフォーラム部門新人作品賞受賞。
映画「東京★ざんすっ」「とっかえっ娘。」などの制作総指揮も務める。
2006年現在、つんく♂オフィシャルHP中の「つんく♂tv!!!」でメインMCを担当し配信。
4月からBS-JAPANで「未来図鑑〜NEXT BREAKER〜」でメインコメンテーターとなる。
また、2000年、著書「LOVE論〜あなたのいいとこ探します〜」をはじめとし、作家としても活動開始。
「ポジティブ本(2005年)」など。 2003年 映画「青春ばかちん料理塾(後藤真希主演)」を原作。
2005年 元衆議院議員、塩川正十郎氏(作詞)と共に大阪府立かわちの高校の校歌を作曲。
同年、東大阪のイメージソングを作曲、制作。
2005年に引き続き、2006年も東北楽天ゴールデンイーグルスの公式応援歌をプロデュース。
1999年「TOUCH ME」でソロデビュー。
後、アルバム「TAKE1(2004年)」「タイプ2(2005年)」をリリース。
コンサート活動、ディナーショーなどを開始。
2006年6月28日 3rdソロアルバム「V3〜青春カバー〜」をリリース予定。
夏、ディナーショーを計画。
現在、ヤングマガジンやジュノンといった人気雑誌での新人オーディションの審査員を務め、
ハロー!プロジェクトはもちろんの事 時東ぁみや松井雄飛などのプロデュースを行う。 |
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(2006年4月現在) |
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